猛虎の魂を継ぐ者!孫権とは!?

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さて、今回は三国志「呉」の国をまとめた君主を紹介いたします!その生涯を一緒に学んで、人生のヒントを見つけていきましょう!

孫権:三国志シリーズより

「父や兄の遺志を継ぎ、皆の力をもって天下を目指す!」

英雄名

孫権(そんけん) 字:仲謀(ちゅうぼう)

生 涯(182~252年)

孫権は、182年に父:孫堅の5男3女の第4子(次男)として生を受けました。父である孫堅は、その優れた武勇から「江東の虎」の異名をとる猛将で、兄の孫策も、抜群の武力と統率力を備えていたことから「江東の小覇王」の異名をとる勇将でした。この2人の活躍によって、孫家は地方の弱小勢力から、大陸でも有数の勢力へと飛躍していきました。

「孫子の末裔」という血統と、優秀な家族の中に生まれた孫権でしたが、突然の試練が彼を襲います。11歳のときに父:孫堅が戦死してしまい、19歳のときに兄:孫策も道半ばで亡くなってしまいます。これにより、孫権は20歳を待たずして勢力を束ねる立場に引きずり出されてしまうのでした。

普通の人間ならば、そのプレッシャーに押し潰されてしまったり、専横に走ってしまいそうになるところ、孫権は何事も家臣と相談して決定し、優秀な人材を積極的に登用、その後は適材適所に配することで富国強兵に努めました。イケメン軍師:周瑜(しゅうゆ)や、諸葛孔明の兄:諸葛瑾(しょかつきん)のサポートもあって、国は着実に豊かになっていきました。

そんな中で迎えた208年、またも天は孫権に対して試練を与えます。大陸北部を制圧した覇王:曹操が大軍を引き連れて南下を開始し、孫権に降伏を促してきたのです(めちゃくちゃ試練くるな(;_+))!孫権が家臣達を集めて意見を聴いたところ、降伏派が多数で交戦派は少数でありました。孫権自身は交戦派であり、内心降伏派が多いことに失望していましたが、1番信頼していたイケメン軍師:周瑜が交戦を提示したことにより方針を決定。机の角を剣で真っ二つにすると、「曹操を討つべし!以後、私に降伏を勧める者はこの机と同じになると心得よ!!」と宣言し戦いに挑むのでした(この勇ましい決断には、歴戦の将たちも圧倒され、全員一丸となって交戦に備えました・・・カッコイイ☆)。

戦いは、孫権軍に有利な水上で行われ、加えて劉備軍と同盟したこと、イケメン万能軍師:周瑜の軍略が冴えわたったことにより、兵力での不利を覆して勝利を収めることとなりました。その後、同盟者である劉備に領土を貸し与えて国を取る準備を手助けし、自身も領土を拡大させました。

210年、更に領土の安定化を計ろうとしている最中に、今までずっと頼りにしてきたイケメン軍師:周瑜が36歳の若さで死去してしまいます。孫権はその無念を思い涙しました。

215年、そうした心の乱れがあったのか、少数の曹操軍相手に劣勢を強いられ、大敗を喫してしまいます。その際、敵軍によって壊された橋をで飛び越えました(これが言いたかっただけw)。

219年、自分の息子と軍神:関羽の娘を結婚させようとしましたが、関羽はこれに大反対した上に孫権を罵倒。更には、長年劉備との間にあった領土問題が表面化し、戦争となりました。孫権は智将を用いて荊州を奪還するとともに関羽に勝利、これを捕らえて処刑しました。それにより、劉備軍との同盟がなくなってしまいます。

222年、有能な将軍を抜擢し、義兄弟である関羽を殺されたことに大激怒した劉備の大軍を打ち破ることに成功します。その後に、劉備側からの謝罪を受け入れて和睦しました。翌年、蜀(旧劉備軍)との同盟を再締結します。

229年、孫権48歳のとき、家臣一同からの進言も受けて、呉の初代皇帝に即位しました。その後も蜀との同盟を維持しながら、度々魏(旧曹操軍)へ侵攻しました。

皇帝に即位し、優秀な家臣にも恵まれた孫権でしたが、晩年は長男の死をきっかけに発生した後継者問題に翻弄されてしまいます。若い頃の柔軟さや家臣に対する信頼は年々衰えていき、それまで呉を支えてきた家臣を憤死に追い込むなど老害ともいうべき行動をとるようになってしまいます。

252年、組織の混乱が完全になくならないまま71歳で病没しました。その28年後に、呉は滅ぶこととなりました。

エピソード

・孫権は、瞳は碧く髯は赤紫で、至高の面相であったといわれています。

・酒での失敗が多い(酒癖が悪い?)人物として知られています。ある時、酒の席で態度が気に入らない部下に対して処刑を宣告(え。。。マジ?)!他の武将達が慌てて止めに入ったことにより、反省した孫権は「以降、酒の席で私が処刑せよ!と命じても従う必要はない」という指示を出したそうです。

・孫権は、6振りの宝剣と6振りの宝刀、更に馬を3頭も貫ける弩を所有していたといわれています。

・兄が健在だったときの若い孫権は、金遣いが荒く公費を使い込んでいました。その度に注意してくる部下を最初は嫌っていましたが、自分が君主となったときは、その清廉さを褒めて重く用いたとされています。

孫権:三国志シリーズより

私 見

若くして君主となり、凄まじいプレッシャーや試練を乗り越えてきた孫権の生き様は、非常に参考になります。偉大な父と兄の築いてきた体制を最初は継いだだけだったかもしれませんが、後々は見事に自分のものにしています!

孫権の長所は、

・全員の意見をよく聴き、組織の意見を合わせることが上手い点。

・親族から受け継いだ遺産を守り育て、最後には自分のものへと昇華している点。

短所は、

・酒での失敗が多く、しかも内容が笑えない点。

・後継者を明確にしていなかったことで、組織全体を巻き込む混乱を引き起こしている点。

こんなところでしょうか。若いときは、本当に素晴らしい指導者であったと思いますが、その分晩年の失態や酒での失敗は、非常にショックですね。。。私もそうならないように気をつけなければいけないと感じますね!

さて、いかがだったでしょうか。人生に役立つことはありましたか?

この記事を読んでいただいた方に幸福が訪れますように!!







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