反骨の相!魏延とは!?

皆さん、こんにちは!こんばんは!うまぽよです🐴✨

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さて、今回は蜀後半の武を支え続けた猛将をご紹介いたします!その生涯を一緒に学んで、人生のヒントを見つけていきましょう!

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「さぁ、この俺を斬れる者はいるか!!」

英雄名

魏延(ぎえん) 字:文長(ぶんちょう)

生 涯(???~234年)

魏延の生年月日については不明ですが、中国大陸中央部である荊州に生を受けました。魏延は成長すると、荊州一帯を治める劉表(りゅうひょう)に仕えていました。その時、客将として迎えられた劉備と出会い、その人柄に魅了されました。

しばらくして覇王:曹操が侵攻してくると、劉備を助けるために奔走しますが、これに失敗。劉備とは離れ離れになり、韓玄(かんげん)という武将の元へと身を寄せることとなります。

208年、”赤壁の戦い”にて曹操軍を撃ち破り、荊州を手に入れるために劉備が侵攻してきました。その際に、上司である韓玄は魏延の同僚であった黄忠を、戦闘中に手加減しているという難癖をつけて処刑しようとしました。行き過ぎた上司の行動に怒った魏延は黄忠を助けるために韓玄を殺害して、劉備に降伏しました。劉備は、魏延の勇猛さを気に入り、喜んで配下としました。

212年、劉備は更に西方へと領土を広げるために進軍します。魏延は、優れた用兵術と戦闘力でそれを支え、数々の武功を重ねていきました。

また218年、劉備が魏の拠点である漢中(かんちゅう)という場所を攻めた時には、魏延の放った矢が曹操の前歯に当たるという手柄を挙げ活躍しました。この勝利の後、魏延は漢中を守るという大役を任せられることとなり、これは劉備の義兄弟である張飛をも上回る待遇でありました(大出世やな!(>_<))。

劉備が、並み居る群臣たちの前に魏延を立たせ、大役に就く意思表明をさせた際には「曹操が天下を挙げて攻め寄せてきたとしても、劉備様のためにこれを防ぎます!10万の敵軍が来たとしても、それを吞み込んでみせましょう!」と答え、それを聴いた者から感服を受けたといいます。

思いもしない大役に奮起する魏延でしたが、223年に自分が敬愛し、信頼してくれていた劉備が亡くなってしまします。

悲しみに暮れる魏延でしたが、劉備の意思を守るため、名軍師:諸葛亮の指示に従って働くこととなりました。227年に諸葛亮は魏との戦いを表明して進軍しました。その作戦会議において、魏延は多少リスクはあっても効果の高い戦法を提案しましたが、慎重な諸葛亮はそれを受け入れずに却下しました。そのため、魏延は諸葛亮に対して不満を持ち始めます。

諸葛亮も魏延が自分に対して不満を持っていたことを知っていたので、その後の戦いで先鋒を任せたりしていましたが、溝は年々深くなっていきました。

234年、諸葛亮は魏の謀将:司馬懿と対峙し、100日余りが経過しました。諸葛亮はいよいよ自分の死期を悟り、信頼できる部下を呼んで密かに撤退する指示を与えました。この時、魏延には全軍を率いる野心があるので、殿役(撤退を確実にするための抑え)を担当させ、従わないなら置き去りにするように命じました。

間もなく諸葛亮が亡くなると、彼の予想通り魏延は自身が指揮をとって戦いを継続すると主張して撤退命令を拒否するという行動に出ました。

他の武将たちが諸葛亮の遺言通りに撤退を開始すると、魏延は怒り部下に味方の撤退路を断つように指示しました。これが謀反行為とみなされて魏延は、追ってきた味方の武将に討ち取られてしまうのでした。

エピソード

・魏延は武勇に優れていましたが、プライドも高く、自分を大きく見せる傾向にあったといわれています。

・魏延は生まれつき頭蓋骨が後部に出ている「反骨の相」と呼ばれる特徴を持っており、裏切りの象徴といわれています。

・小説「三国志演義」では、味方から謀反を疑われて追い詰められた際、「俺を殺す勇気がある者はいるか!」と3度言えたら不問にする、と言われ叫んだ瞬間に「ここにいるぞー!」と後ろから来た馬岱に斬られてしまう最期を迎えてしまいます。また、諸葛亮との仲も初めから険悪度MAXで始まります。

・諸葛亮が延命のための儀式を行っている際、それを知らなかった魏延は儀式のろうそくを倒してしまいます。これによって、諸葛亮は自分の寿命がどうしようもないことを悟るという場面もあります。

・「正史」では、魏延に謀反の意思はなく、単純に死ぬほど仲が悪かった同僚の下につきたくないがために、過剰な行動を起こして殺されてしまったのではないかとも考えられる記述があります。

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私 見

魏延は確かに扱いづらいところはあったとは思いますが、関羽や張飛が亡くなった後の蜀を支え、劉備への忠誠心は本当であったのではないかと考えます。現代でも人間関係が人生全てを壊してしまうのはあり得ることですからね。

魏延の長所は、

・有言実行で、武勇に優れること。

・軍事教官としても優秀であったこと。

短所は、

・頭に血が上りやすく、行動が過激であること。

・円滑な人間関係を構築することができないこと。

こんなところでしょうか。調べるほど、人間関係さえ上手くいっていれば、謀反の汚名を被ることなく、蜀の宿将として後世に残ったのではないかと思います。私たちも、できれば人間関係は円滑にいきたいものですね!

さて、いかがだったでしょうか。人生に役立つことはありましたか?

この記事を読んだ方々に幸福が訪れますように!!

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