友情に生きた智将!大谷吉継とは!?

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さて、今回は石田三成との友情に命を懸けた智将をご紹介いたします!その生涯を一緒に学んで、人生のヒントを発見していきましょう!!

大谷吉継:信長の野望シリーズより

「これが現実だ、三成。それでも内府と戦うのか?」

英雄名

大谷吉継(おおたに よしつぐ)

生 涯

石田三成から推挙され、小姓のときから秀吉に仕えた大谷吉継は、秀吉の天下のために発生した戦場の多くで活躍します。1583年、柴田勝家との激闘「賤ヶ岳の戦い」では、柴田軍の武将を寝返りを成功させ、1586年の「九州攻め」では石田三成と一緒に物資を輸送する役割をしっかりとこなしました。

こうした功績が認められ、越前(福井県)の敦賀に5万石の領地を得ました。また、石田三成とはお互いにライバルとして、また友として絆を深めていきます。

朝鮮出兵においては、船や物資の手配の担当として見事な活躍をみせ、秀吉から「吉継に100万の兵を与えて、采配をさせてみたい」と絶賛されました。加えて、明との和平交渉でも活躍し、豊臣軍が無事に退却できるように取り計らったとも伝わります。

しかし、帰国すると重病を患ってしまいます。難病によって顔が醜く崩れてしまったため、普段の生活においても常に深々と頭巾を被って生活することになってしまいました。病は年を重ねるほどにひどくなり、やがて目や足腰も弱り、戦場では輿(こし)に乗って兵を指揮することになります。

醜い姿となってしまった吉継を人々は徐々に遠ざけていく中で、三成だけは友人として普段どおりの付き合いを継続したのでした。

秀吉が亡くなると、吉継は徳川家康に接近して良好な関係を構築していきます。ところが、この徳川家康という男の素早さは尋常ではありませんでした。

天下取りの姿勢を露骨に見せてきたこのタヌ・・・いや、家康が豊臣家を軽視するようになると、日本中の諸大名は豊臣方と徳川方で割れてしまいます。豊臣方の筆頭は、親友である三成であったため、吉継はその間で揺れ動く事態となってしまいます。

来たる1600年、密かに軍備を整える上杉を征伐すべく、家康が軍を動かした「会津攻め」。吉継もこれに参加することになりましたが、その途中に三成の居城:佐和山城に立ち寄ります。吉継は、三成が上杉征伐に加わることで、家康と三成の関係を良くしようとする算段でしたが、三成からは「家康を打倒するために挙兵する。力を貸してほしい」という言葉が。正直、今戦ったところで三成に勝算はないと判断した吉継は3度にわたり「その考えは無謀だ。三成が勝つ可能性はないぞ」と説得するものの、三成の決心をくつがえすことはできませんでした。吉継は苦悩の末、親友である三成の味方になることを決定します。

そして、天下分け目の関ヶ原の戦い。東軍:徳川方と西軍:三成方に分かれて布陣する中、吉継は西軍の小早川秀秋の寝返りを予想して警戒していました。結果、その予想通り小早川軍は東軍に寝返ってしまいます。吉継の軍は素早くそれに対応して奮戦しますが、小早川以外の西軍武将たちも次々と寝返る事態となり西軍は完全に壊滅。敗北を悟った吉継は部下に対して、自分の首が敵の手に渡らないように地中深くに埋めるように指示した後に自害。その生涯を閉じたのでした。

エピソード

・病に侵されてから行った茶会の席での場面。茶をまわして飲む際、吉継の後に飲むことを誰もが嫌がっていました。それに加えて吉継の顔から膿が垂れて茶の中に入ってしまうアクシデントが発生します。その場が凍りつき、吉継自身もショックを受けていた中、三成はその器を受け取ると一息に茶を飲み干しました。そうしたこともあって、吉継と三成の絆は更に強まりました。

・関ヶ原の戦いの前、三成に対して「お前は普段の横柄な態度から、豊臣に味方したい者まで家康へ走らせる。決戦には毛利か宇喜多を大将に立てるべきだ」と指摘し、西軍の総大将を辞退させました。

・吉継の出生に関しては不明な点が多く、一部では秀吉の隠し子だったのではないかとする説も存在しています。

・また一説では、吉継の両親が子供ができないことに悩んで神社へお参りに行った後、「神社の松の実を食べなさい」という夢を見ました。神社の松の前に落ちていた松の実を食べると吉継が生まれたといい、幼名は「慶松」でありました。

大谷吉継:信長の野望シリーズより

私 見

下克上や寝返りが当たり前だった戦国にあって、これほど純粋な友情をもって生涯を終えた武将は少ないと思います。現代でも、いかに小さいときからの友達とはいえ、その人のために命を懸けようと思うことは非常に稀で、大人になればなるほど変な欲なんかも出てきて、更に難しくなりますよね。一般的な価値観とは、良い意味でかけ離れたものをもっていた吉継の生き方、そこに多くの人々が感動し、魅力を感じるんだと考えます。

吉継の長所は、

・生涯を通して純粋な友情を持ち続け、親友のために生き、親友のために散ったこと。

・多くの戦場にて、自身の役割をよく理解し、きちんと成し遂げることによって、着実な功績を打ち立てていること。

短所は、

・友情のためとはいえ、負ける可能性が高い戦に、自身の家臣を巻き込んでしまっていること。

・関ヶ原の戦いで、小早川秀秋以外の寝返りまでは予測できずに敗北してしまったこと。

こんなところでしょうか。今回も短所の部分は無理やりつけたかんじです。自身の能力・役割をよく理解して、親友には耳の痛い話もきちんとできる吉継。こんな人を親友にもてれば、人生はさらに豊かになるでしょうね。吉継の生涯を勉強すると、今いる友人達を大切にしようと心から思います。・・・友達って本当に良いものですよねぇ。

さて、いかがだったでしょうか。人生に役立つことはありましたか?

この記事を読んでいただいた方に幸福が訪れますように!!

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